こんにちはYU-ZYです。どうですか?毎日楽しく過ごしてますか?
そんなわけないですよね。
毎日楽しくて仕方がないばっかりの人が、こんなとこ覗いてませんよね。
けど全然大丈夫です。
僕たちの人生は好転していきますから。
今日は人の感情、喜怒哀楽についてお話したいと思います。
「喜」「楽」は多ければ多いほどいい。けど「怒」「哀」もあなたの大切な感情。
喜び、楽しみが多ければ多いほどいいですよね。これが増えれば人生は明るく感じるし、生きてるって実感が湧くもんです。
だからって怒り、哀しみが無くてもいいって訳じゃないんです。
もちろん少ないほうがいいのはいいんでしょうけどね。
怒、哀はとても強いですから。
怒り、哀しみは、今までコツコツと積み上げてきた喜び、楽しみを一瞬にして飲み込んでしまうこともあります。
なのになぜ必要なものなんでしょう?
それは怒・哀があるからこそ喜・楽を感じることができるんです。
喜・楽をより強く思うことができるんです。
想像してみてみてください。生まれた時から幸せだけで、怒ったことも悲しんだこともしたことがない。
そんな人信用できますか?魅力を感じますか?
まあ、そんな人間存在しないと思いますが、簡単に薄っぺらな人生が容易に想像できると思います。
怒は、どんな態度で表すかは肝心なことかもしれませんが怒ることも必要だし、哀しいときはちゃんと哀しんで落ち込んで、そこから立ち上がることが重要なんですね。
そこで人の、人生の厚みが加わってきます。
「怒ると叱るは違う」ふ~ん、あっそって思います
これはよく会社とかでゆう言葉ですね。ありきたりで、皆さんも何度も聞いたことや言われたことがあると思います。子育てでも言われますよね。
怒ると叱る、使い分けできてます?できます?
出来てるってかたは素晴らしいです!素晴らしい人格者だと思います。
けど、僕はできませんし、しません。
僕はまあ、いい歳なんでそんなにしょっちゅう怒ったりしませんが、怒るときは本気で怒ります。「叱るにしなきゃ」なんて切り替え必要ないって思ってますから。
こうゆうと「昭和の人間だから」とか「じじいはな~」とか思われると思うんですが、ちょっと違うんですね。
若いころは感情にまかせて、怒鳴り散らしたり喚きちらしたりしてました。
今思うと八つ当たり的なものもあったし、自分の不安や愚痴をたまたま、的になった相手にぶつけていたのかもしれません。
言い訳するんじゃないですが、自分に全く余裕がなく、自分自身のことで精一杯だったんだと思います。
それを踏まえて、今している「怒る」は当時の「怒る」とは違うんです。
「結局叱るじゃん」って思いまよね。
何がちがうんだって。
「それは相手を思ってるからこそ」なんてありきたりなこと言いませんよ。
自分は本気で仕事をしていて、相手にその本気の自分を見せるってことが大切なんだと思ったからです。
相手をどう思っているとか、相手の失敗に対してどうこうとか、それによって自分に降りかかってくるものとか、二の次三の次、どうでもいいんですね。
だからどんなに怒っても、相手の人格を否定するようなことは言いません。(昔は言ってましたね💦)
相手に自分の本気をみせるってことは、とても大切なことなんです。こっちが本気をみせなければ、相手も本気になってくれません。
相手にわかるように言うことは大切ですが、相手がどう捉えるかを考えることはしません。
お互いが本気を出し合って、やっと分かり合えるところができることがある
まあ、それでも分かり合えないこともあります。
その時は「あ、こいつとはここまで」って線ひいてしまえばいいんです。
そこまでの関係でいいんです。それ以上頑張って無理しても、自分のストレスになってしまいますからね。
人のことで必要以上にストレスを感じる必要ないです
仕事も、プライベートも、すべては主人公である自分を幸せにするためのものですから。
本気をみせるってことは、子育てにこそ大切なことでもあります。
親は子供を育てなければいけません。
それは責任でもあるし、義務でもあるし、子供が成長するのを見ていくのがなにより嬉しかったりします。
自由にのびのびと成長して欲しいってのが、大半の親御さんの願いかと思います。
ドラえもんののび太君の名前もそこからきてますしね。
親が子供を本気の本気で怒る時って、命の危険がある時、人に迷惑をかけた時とかになるとおもいます。
その時、ちゃんと本気で怒っている親の姿を子供に見せること、これはほんとに重要なことなんです。
散らかしたときとか、いたずらしたとき、宿題しないときとは明らかに違う、本気の本気で自分を怒る親をみた子供は、ほんとにしちゃいけないことを子供の本気(本能)で理解します。
そして親を見る目も変わります。
嫌われるとか恨まれるとか、嫌な意味じゃないですよ。
親を見る目がかわるとゆうか、子供自体が変わると言ったほうがいいのかもしれません。
幼いころは優しい優しいだけでよかった親でも、「こんなに怒るんだ」と思わせることにより、子供自身が自己の存在に気付くきっかけににもなるんです。
これをくり返し、子も親も成長していくんですね。
親と言っても親歴は子供の年齢と同じですから。
子供の年が3歳ならば、親歴も3年ですから。
まだまだひよっこですよね。
ちょっと脇道にそれたとゆうか、タイトルの内容から外れてしまったような気がしますんで、その2でちゃんとまとめたいと思います。
ではまた、その2でお会いしましょう。
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